ことばの領域:社会の安全保障観と進化政治学

【テーマ】ことばの領域:社会の安全保障観と進化政治学

【報告者】岡本 至(おかもと いたる)

【司会者】伊藤 隆太(いとう りゅうた)

【チケットページ】https://peatix.com/event/3621894/view

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【要旨】
国防は、国民を自ら死地に赴かせる、文字通り「命を懸けた戦い」である。では人はなぜ、防衛のために自分の生命を危険にさらすのか?この問いに対する答えは、「自分に近いDNAを残すため」である。しかし、現代の国防主体である国家は、狩猟採取時代のホモサピエンスが帰属していた拡大親族集団とは異なり、DNA的なつながりが希薄な人間集団である。人が国家を守るために命を危険にさらすことを受け入れている事実は、進化政治学からは説明できない。

 本報告ではこの問いに対して、「ことばの領域」から接近することを試みる。拡大親族を超える巨大な集団は、「言葉」によってつくられ、その絆も言葉によって確認、再確認される。集団の絆は、集団的統治の正統性とともに、集団の構成員に生きる意味・死ぬ意味を提供する。大義のあり方は、集団ごとに独特(idiosyncratic)である。民主国家の兵士は自由を守るために死ぬことができるが、イスラム社会の兵士はイスラム教の大義のために死ぬ。この二つの大義は、相互に共役不可能である。

 本報告の視点は、次の問題群とも関連している。

①国際政治と大義の共役不可能性

国家のような超DNA集団の大義が言葉によって与えられるidiosyncraticなものであることは、複数の大義が存在し相互競争・相互依存する国際政治に、どのような偏りを与えているのか。

②政治学の「科学」性

 Political Scienceは「科学」であることを標ぼうしているが、人間社会の行動は、二つの異なるロジック…DNAの論理と言葉の論理…に由来している。また、言葉はその性質上、世界を分節化し構造化する。人間行動の二重性、人間世界の複層性は、科学としての政治学にどのような性質を与えるのか。

③言葉と精神

 国際政治学のコンストラクティヴィズムについて、軍備や経済的利益など「物質的」要因だけでなく、理念や規範など「精神的」要因に着目する、という定義が存在する。Wendtはデカルト的物心二元論に立脚するこのアプローチを推し進め、面妖な「量子脳理論」に行きついた。コンストラクティヴィズムの創始者によるこの逸脱は、同理論全体の信ぴょう性を疑わせるに至った。本報告は、精神/意識ではなく言葉に注目することで、コンストラクティヴィズムを「巻き戻す」ことをめざす。

 

【講演者略歴】
岡本 至(おかもと いたる)

1961年生。東京大学文学部卒、民間企業勤務の後、ジョンス・ホプキンス大学高等国際研究大学院(SAIS)で博士号取得(国際関係論)。文京学院大学外国語学部教授。研究領域は、国際関係論、インド太平洋地域の国際政治経済と経済安全保障、安全保障観の社会的受容など。著書に『官僚不信が金融危機を生んだ』(弘文堂)。訳書にマイケル・マン『論理なき帝国』など。


【司会者略歴】

伊藤 隆太(いとう りゅうた)
広島大学大学院人間社会科学研究科助教、博士(法学)
2009年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院法学研究科前期および後期博士課程修了。同大学大学院研究員および助教、日本国際問題研究所研究員を経て今に至る。

代表的な研究は、“Hybrid balancing as classical realist statecraft: China's balancing behaviour in the Indo-Pacific,” International Affairs, Vol. 98, No. 6 (November 2022), pp. 1959–1975; 【戦略研究学会・学会編集図書】『進化政治学と国際政治理論――人間の心と戦争をめぐる新たな分析アプローチ』(芙蓉書房出版、2020年)等。


岡本 至(おかもと いたる)


伊藤 隆太(いとう りゅうた)