社会的な価値と政治活動の進化心理的な基盤


【報告者】蔵研也 【司会者】伊藤隆太

コンシリエンス学会研究会(2022年 51513時~15時)

【テーマ】社会的な価値と政治活動の進化心理的な基盤

【報告者】蔵研也【司会者】伊藤隆太

【申込】https://peatix.com/event/3227644/view

【要旨】

このプレゼンテーションでは、人間の政治活動の基盤となっている社会的な価値観がどのように進化してきたのか、そして現代の政治にどのように反映されているのかについて説明する。内容は、大きく4つの部分に分けられる。


第一に、進化心理学の発展の概説と、その理論的な前提について簡単に説明する。これには自然選択の単位はDNA、細胞、個体、集団など多元的であること、またヒトの価値を形成してきたのは個体間競争と、集団間競争であること、よって集団の社会的な価値は進化的適応環境に応じて異なっている可能性があることなどである。


第二は、個体間競争は主に左翼的な価値観をつくり出してきたと考えられること、反対に集団間競争は右翼的な価値観を生み出したことを説明する。こうした政治的な対立は少なくとも200年以上続いており、その両方の集団内では政治的な価値にとどまらず、多くの価値観が共有されていることを示す。

 

第三は、こうした政治的な価値観の差異の存在は、ジョナサン・ハイトなどによって統計的に確かめられており、進化理論とも整合することを説明する。ハイトによれば、忠誠、権威などといった集団的な価値観を保守主義者(共和党支持者)は重要視するが、進歩主義者(民主党支持者)は個人主義的な価値観(平等、共感)などしか重要視しない。ハイトは、こうした状況はヒトの進化史を考えれば必然的なのだろうと結論している。

 

最後に、ハイトに対するジョシュア・グリーンによる功利主義的な反論を紹介する。たしかに進化の歴史からは、多くの戦争を生き残ってきたヒトにとっては排外的な集団主義はやむを得ないのかもしれない。しかし、それは平和な共存を原則とする現代社会にふさわしくない。グリーンは、多くの道徳判断を脳機能解析的に解析することで、平和を維持するための功利主義的な決定には、特別な思考のための時間とエネルギーが必要であることを実証してきた。そして平和維持の意思決定には、進化論を踏まえた自己啓発を継続が必要だという。

 

以上、簡単ではあるが、このプレゼンテーションでは現在の政治状況の進化心理的な説明と、それに伴う今後の当為概念的な実践のあり方についてまとめてみた。ウクライナ危機が進行する現在、進化心理学がわれわれの現実を理解する手助けになるだろう。


参考図書

1.エドワード・O・ウィルソン『知の統合』 角川書店 2002年

2.ジョシュア・グリーン 『モラル・トライブズ』 岩波書店 2015年

3.ジョナサン・ハイト 『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』 紀伊國屋書店 2014年

4.スティーブン・ピンカー 『21世紀の啓蒙』 草思社 2019年

5.ダニエル・カーネマン 『ファスト・アンド・スロー』 早川書房 2014年

【報告者略歴】

蔵研也 (くら・けんや)

1966年 富山県氷見市生まれ

1984年 富山県立高岡高校卒業

1988年 東京大学法学部卒業

1995年 カリフォルニア大学サンディエゴ校 経済学Ph.D.取得

1995年 名古屋商科大学商学部 専任講師

1997年 岐阜聖徳学園大学経済情報学部 准教授

2022年 退職

著書 『リバタリアン宣言』 朝日新書 2007年

   『無政府社会と法の進化』 木鐸社 2007年

   『18歳から考える経済と社会の見方』 春秋社 2017年


翻訳書 『通貨・銀行信用・経済循環』 春秋社 2015年

    『オーストリア学派』 春秋社 2017年

    『知能低下の人類史:忍び寄る現代文明クライシス』 春秋社2021年






【司会者略歴】

伊藤隆太(いとう・りゅうた)

広島大学大学院人間社会科学研究科助教、博士(法学)。

2009年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院法学研究科前期および後期博士課程修了。同大学大学院研究員および助教、日本国際問題研究所研究員を経て今に至る。戦略研究学会編集委員・書評小委員会副委員長・大会委員、国際安全保障学会総務委員、コンシリエンス学会学会長。政治学、国際関係論、進化学、歴史学、哲学、社会科学方法論など学際的研究に従事。主な研究業績には、『進化政治学と国際政治理論――人間の心と戦争をめぐる新たな分析アプローチ(芙蓉書房出版、2020年)、『進化政治学と戦争――自然科学と社会科学の統合に向けて』(芙蓉書房出版、2021年)、進化政治学と平和 科学と理性に基づいた繁栄(芙蓉書房出版、2022年)がある。