議事録

研究会報告(2022年11月12日)

国際政治理論から読み解く「ロシア・ウクライナ戦争」

研究会報告(2022年11月12日)

国際政治理論から読み解く「ロシア・ウクライナ戦争」

 

報告者: 野口和彦

司会者: 伊藤隆太

 

1.       研究会概要

2022年11月12日に、シノドス・トークラウンジ(以下、トークラウンジ)主催の研究会がオンラインで開催された。報告者は、群馬県立女子大学教授の野口和彦氏、司会者は、広島大学人間社会科学研究科助教の伊藤隆太氏であった。研究会本編は、野口氏による報告から始まり、その後、参加者を交えての質疑応答という形式で行われた。

 

 

2.       研究会本編

  本研究会の4つの論点

第一に、なぜロシアはウクライナに侵攻したのか(戦争原因論)。第二に、誰がウクライナを支援しているのか。第三に、この戦争は核戦争に発展する危険はあるのか(エスカレーションの問題)。第四に、戦争はどのように終わるのか(戦争終結論)。これら4点が取り上げられた。以下では野口氏による指摘の中でも同氏の専門である戦争原因論に関する点を中心に振り返っていく。

 

  ロシアのウクライナ侵攻は「予防戦争」である

野口氏によれば、日本においては、予防戦争に関する知識が戦争研究者以外には十分に理解されているとはいえないという。例えばウクライナ戦争は侵略戦争であって予防戦争ではないという見解がメディアや国内の研究者から提示されているが、実は予防戦争と侵略戦争は矛盾するものではないのである。なぜなら予防戦争とは、自国の戦略的地位の低下(脆弱性の窓)を不安に思う国家が、台頭しつつある国家に対して戦争を行うという現象であり、理論上は、予防戦争が他国の領土を侵略するという形態をとることもあり、その場合は予防戦争であり侵略戦争でもあるということになるからであるという理由が提示された。

このような予防戦争の仮説は、独立変数(脆弱性の窓)が、媒介変数(衰退国が武力行使の誘因)を経て、従属変数(開戦)に至るという因果論理に基づく。そして、媒介変数に影響を与えるのが、自力回復の不可能性と有力な同盟国の不在である。ここから、バランス・オブ・パワーが悪化しても自力回復が可能である、または有力な同盟国との提携によって状況を改善できるのであれば予防戦争に至る可能性は低下するが、反対に自力回復も同盟も不可能である場合には予防戦争の可能性が高まるという仮説が導出される。

ちなみに、脆弱性の窓が予防戦争につながる理由は、ジャック・リーヴィ(Jack S. Levy)が指摘する通り、①敵国から圧倒的に弱い最悪の条件下で戦争を仕掛けられる恐怖、②敵国から弱い立場につけ込まれて不利な要求を強要される恐怖によって説明される。

 

  ウクライナ侵攻の理由

野口氏は、2022年2月24日のプーチン演説に注目する。この演説は、「NATOが東に各代位するにつれ、我が国にとって状況は年を追うごとにどんどん悪化している…NATOの指導部は…軍備のロシア国境への接近を加速させている…NATOが軍備をさらに拡大し、ウクライナの領土を軍事的に開発し始めることは受け入れがたい」という内容である。ここでのポイントは、「状況は年を追うごとにどんどん悪化している」という部分である。当該部分は、バランス・オブ・パワーの悪化(ロシアが相対的に衰退している)と、その原因がNATOの東方拡大(ロシア国境への接近)にあることを意味しているという。

 

  予防戦争は激化しやすい

国際政治学者のWeigigerによれば、予防戦争は激化しやすいという。なぜなら予防戦争を始めた国は、勝利することによりパワーバランスの回復を目指す一方、侵略された国は独立を守るために徹底抗戦するからである。野口氏によれば、このロジックをウクライナ戦争に当てはめた場合、ロシアはウクライナを完全な中立の緩衝国もしくは事実上の衛星国にして、パワーバランスを回復するまで戦争を続けることが予測される一方で、ウクライナの指導者はプーチンが安全保障の要請からではなく、彼自身の帝国主義的な野心から自国を侵略したとみる、すなわち、侵略された国家のリーダーは、敵国の指導者を危険で信用できない「悪の権化」とみなすと考えられる。

 

  ロシア・ウクライナ戦争は「稀な戦争」である

先にあげたWeisigerによれば、戦争はその強度(high/low)と継続期間(short/long)の組み合わせによって四つに分類可能であるという。その中でも高強度かつ長期化する戦争が歴史的事例に占める割合は10%で、これは稀な戦争である。野口氏によれば、ウクライナ戦争はこの稀な戦争に該当する。戦争を分類した上で事例を分析することが重要である。

 

  全体のまとめ

最後に研究会全体を通じてのまとめとして、以下の5点が提示された。第一に、国家は生き残りを賭けてパワーをめぐる競争をしていること。第二に、NATOがロシアの生存を脅かしたことがウクライナ侵攻を招いたこと。第三に、西欧諸国がウクライナを支援しているがロシアは孤立していないこと。第四に、核戦争にエスカレートする危険があること。第五に、ウクライナは西欧に任せて日本は中国の脅威に対処すべきことである。

 

 

3.       質疑応答(“○番号”に続く文が参加者からの質問、“→”以下が野口氏の回答)

      現在進行中の戦争を分析することについてどのようなスタンスを取るべきか?

→日本では時事的問題はジャーナリズムの領域の仕事だった。したがって、研究者はあまり時事問題について発言しない傾向がある。また、社会科学者は戦争の一般法則の解明を志向するのであり、その分個別事例についての発言には慎重になっているのではないか。

 

 

4.       主な関連文献

  野口和彦『パワー・シフトと戦争――東アジアの安全保障』東海大学出版会, 2010年.

  Tanisha M. Fazal, State Death: The Politics and Geography of Conquest, Occupation, and Annexation (Princeton University Press, 2007)

  Alex Weisiger, Logics of War: Explanation for Limited and Unlimited Conflicts (Cornell University Press, 2013)

 

 

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コンシリエンス学会 総務委員

柴田 佳祐